Lost Knight
〜迷子の騎士〜
『何も犠牲にせずに強さを求めるのは愚かなことか?』
そう問うたのは誰だったか。
『何かを犠牲にして自分の名誉を大事にするのは悪なのか?』
鏡のような問い。誰が言ったのかわからない。
けれどはっきり覚えている。
そのどちらの意味もわからなくて困惑していたということも。
ただ、自分は無力なのだということも。
南は保健室からゆっくりとした歩みで教室に向かう。
ユウヤは放課後、話を聞かしてやる、と言っていた。
どうしようもない歯がゆさが南のなかをかけめぐる。
早く知りたい。すぐに聞きたい。
保健室から教室までの距離でさえ、途方もなく長く感じた。
ユウヤは一体何者なんだ?あの女の人は誰なんだ?
考えまいとしても頭から消えない色々な疑問。あまりの歯がゆさにイライラと唇をかむ。
深く考え込んでいたので、前方から桜が近づいてきたことにさえ気づかなかった。
桜は南の姿を見つけると早足になって駆けてくる。
「南?」
桜がそう声をかけるまで南は桜の存在に気づかなかった。
苛々と、桜のほうを向いて素っ気なく「何?」と言ってしまった。
桜の眉が少しつり上がる。それで失敗だと気づけばよかったのだが南にそんな余裕はなかった。
「なんで保健室行ってたの?さぼり?」
努めて冷静に桜は聞く。
「まぁ、ちょっと」
考え事をしながら適当に返事をする。
そんな南の態度に桜の眉がさらにつり上がる。
「こっちが心配してあげてるのに、その態度は何?」
低い声で、桜が問う。そこでやっと南は我に返ったが、もう遅い。
しかし、心配してくれるのはありがたいが、恩着せがましく『心配してあげてるのに』などと言われ
る筋合いはない。苛立っていたのも手伝ってか、南も少し嫌味っぽく返す。
「それはそれはどうもありがとうございました」
桜が爆発するかな、と身構えた南だったが、桜は何も言わず無表情にきびすを返した。
何も言わなかった。南も何も言わず、桜の背中を見つめた。
ぼんやりと、これで仲直りできなくなったかなぁ、と考える。
自分に非があるのもわかっているし、すまないと思う気持ちもある。
ただ、今の南にとってはユウヤの話のほうがはるかに大事なことだったのだ。
大切なのは何かを見失ってしまうくらい。
放課後、ユウヤと共に下校した。
有里菜に見つかって、どういうことか、と問い詰められたが適当に流しておいた。
「南サァン、あたしゃあんたを見損ないましたよぉ」
と叫び、有里菜は去っていった。
ユウヤが有里菜が去った後で、あれはどういう種類の動物か、と聞いてきたので
「変態だ」
と答えておいた。興味深そうにユウヤはしきりにうなずいていた。
しばらく、2人とも一言も発せずに歩いていた。
不思議と、周りには誰もおらず妙な静けさがあった。
ちらりとユウヤの横顔を盗み見ると、少し楽しそうにその口元が緩んでいた。
視線を元に戻し、沈黙の中をゆっくりと歩く。
見慣れた住宅地のはずなのにどこか知らない場所を歩いているみたいだった。
「ここは」
急にユウヤが言葉を発した。
視線をユウヤに移すと、彼もこちらを向いていた。相変わらず口元が緩んでいる。
「楽しいとこだ。俺がいたところと随分違う」
嬉しそうに小さな子供のように笑った。
「俺がいたところは、もっとなんていうのかな。まぁ、何でもいいんだけど」
言葉が見つからなかったのか、話を逸らす。
ユウヤの言葉が途切れたところで、南は口を開いた。
「話を聞かせてくれるんじゃなかったのか」
ユウヤが急に立ち止まった。
いつもの冷笑が口元に浮かぶ。さっきまでの子供のような無邪気さは何だったのか。
「もちろん。君のご要望とあれば。何から聞きたい?」
少し迷って、「お前のことから」と答えた。
「俺のこと?俺はただの使いだよ。君の国のね」
「あたしの国?日本のこと?」
「違う」
ユウヤが薄く笑って否定する。
「君の国。そして、俺がいた国。でも、ここではない」
遊んでいるように、楽しそうにくすくすと笑う。
南の額に嫌な汗が浮かんでいる。決して暑いわけではない。
怖いのだ。ユウヤが、ではない。
こいつの話を聞くのがとても怖い。聞きたいと言っておいて、ここから逃げ出したくなってくる。
「君がいたのは、ここではない」
もう一度ユウヤが繰り返す。
「君がいたのは、異世界だ」
汗が一滴流れ落ちた。ユウヤが冷笑を浮かべ、南の目をのぞき込む。
「どう?まだ話を聞く気はある?」
冷や汗が体中を流れている錯覚に捕らわれる。
聞きたくなんてない。聞くのが怖い。異世界だ?ふざけんな。
「…当然。聞いてやるよ。」
どんなにおかしな話でも、どこかでそれを信じている自分がいる。
そんなの認めたくないけど、それでも自分が信じるモノが真実なのだと信じたいから。
ユウヤが冷笑を浮かべたのを確認し、自分も同じように冷笑を浮かべる。
「聞いてやるよ、お前の話を」
何が、真実なのか。自分は、見失っているかもしれない。
「異世界って言っても、まぁ、信じてもらえてないのはわかってるよ]
気持ちの良い風が公園の中を吹き抜ける。色の落ちた葉が一枚、南の頭に落ちてきた。
ユウヤがこの間南が座っていたベンチに腰掛ける。
視線で隣に座らないのか、と問う。少し迷って、精一杯距離をとって同じベンチに腰掛けた。
小さな子供たちが公園の中を無邪気に駆け回る。
その楽しそうな声を聞きながら、南は口元をほころばせた。
基本的に小さな子供は好きなのだ。精神年齢が近いからかもしれない。
「俺がいた国では」
急に現実に引き戻される。恨みがましくユウヤの方を睨むと、ユウヤが苦虫を噛みつぶしたような
顔で公園で遊ぶ子供たちを見ていた。
「ずっと、戦争があるんだ」
その顔のままユウヤは続ける。
「約1300年前、俺たちの国の人々は俺たちの国しか知らなかった。海はあるのに、誰も船を作
り、航海してほかの国を見つけようなんて思っちゃいなかったんだ」
子供たちを睨んでいた視線を自分の手に移し、小さなため息をついた。
「あるとき、一人の青年が航海に出る、と言い出したんだ。この海の向こうに何があるのか知りた
い、と、誰も止めなかった。やれるもんならやってみろとその青年を送り出したんだ。それがすべ
ての元凶だったんだ。それから起こる、長い争いの元凶にね」
また、小さくため息をつき、それきり黙りこくる。
不審に思いながら待ってみるが、いっこうに口を開こうとしない。
しかたなく、ユウヤに顔をのぞき込み、言葉をかける。
「それで?どうなったんだよ?」
「…その青年は約3年でまた国に帰ってきた。4人の子を連れて。その子たちは不思議な力を持
っていたんだ。一人は風を操り、一人は水を呼び寄せ、一人は雷を起こし、そして、あと一人は火
を友としていた。その男は狂気に満ちた顔でこの子たちは神だ、と言ったそうだ。そして、この子
たちを使い、世界を征服することができる、と」
「小さな子供を使ってか?」
「そう。まだ4,5歳の小さな子供だ。それで、その青年に賛同する最低な奴らもいたし、それに反
対するやつらもいた。そんな子供を戦争の兵器などに使えない、と言ってその子供たちを青年か
ら奪って保護したんだ。それから、小さな内乱が起きた」
それで、あの子たちを睨んでいたのか、と南は一人で小さく頷いた。
自分の国の先祖の嫌な汚点だ。子供を見て、複雑な気持ちになったのだろう。
「その後、何年かは内乱はあったものの、少なくともその子たちに影響を及ぼすことはなかった。
その子たちも元気に育っていった。でも、大きくなるにつれ、能力も大きくなった。色々問題が起
きたみたいだよ。それで、訓練所を作ったんだ。コントロールをつけるための。力をコントロールし
何かあった時にも対処できるよう。でも、遅すぎたんだ。訓練中に火の能力者が何者かに攫われ
た。大きく焼けこげた地面が抵抗を物語っていた。大きな火柱を見た者もいたらしい」
「…それで?その子はどうなったんだ?」
「…詳しいことは知らないけど、たぶん能力を使うのを抵抗したから殺された」
南が震える息をゆっくり吐く。胸くその悪い話だ。
「それだけじゃなく、能力を知るために死体で実験したらしい。そして、あげくの果てには解剖。で
も、その解剖の途中であることに気がついたんだ」
ユウヤが人差し指を一本立て、自分の胸をとん、と軽く突く。
「心臓に、赤い小石くらいの小さなものがあったんだ。それがもしかしたら、能力に関係している
かもしれない、と科学者たちは大いに喜びそれを慎重に取ろうとした。そのときに、それが大きく
輝いた。目も開けられないくらい。しかも、同時に他の能力者たちの心臓部も光り出したそうなん
だ。そして、弾けた。火柱が上がり、水柱が起こり、雷が落ち、台風がきた。そしてそれらはまっ
ぷたつに分かれ、飛び散った。まるで、この国のように」
皮肉っぽく笑い、人差し指をこちらに向ける。
「それから、不思議なことが起こった。攫われたはずの火の能力者が帰ってきたんだ。そして、私
たちは戦わねばならない、と言い始めた。それと同時に青年の賛同者たちのほうで赤ちゃんが生
まれた。その子が成長するにつれ、わかったことがある。その子は火の能力者だった。あの解剖
された子と同じ。それから、風、水、雷の能力者たちも生まれた」
人差し指がぴたりと南の心臓の場所を指す。
「それらの能力者は王として讃えられ、戦いにも自ら出陣した。そして、能力は遺伝するんだ。そ
してそれらはすべて女系。女の人のみに受け継がれる」
いつのまにか、子供たちの声が消えている。
公園にはユウヤと南の2人だけだ。
夕暮れの公園にユウヤの声がこだまするように響く。
「そして、君は後継者だ。ミナミ姫。君は皆を統率する者。火の能力者だよ」
ユウヤの言葉が南の心に大きく響く。
頭の中を、何かがかけめぐる。
あぁ、そうか…。
この少年は嘘などついていない。偽りなどかけらも持っていない。
偽りなのは、あたしなんだ。
あたしこそが、偽り。この世界にいるべきではない者。でも、あたしはあたしを信じる。
「どう?まだ聞く気は残ってる?」
「もちろん」
何が待っていても、どんなことが起こっても、信じるものを見失わない。
ふと、桜の顔がよぎった。見失わないと思っていたのに、見失ってしまったあの時。
ごめんな、もう戻れないかもしれない。
心の中で小さく謝った。笑って許してくれるといいな。
なんか今回長くなりました…。こ、これ語りきるのに何作かかるだろ…?
次くらいで語り切れたら良いと思っております…。頑張ります。
毎度のことなのですが、駄文でごめんなさい。
今回ちょっと雰囲気変えて黒にしてみました。読みにくかったらごめんなさい。